ポール・ケアホルム展
椅子は、私たちにとって最も身近な道具の一つです。
その造形は、座るための合理的な機能を追求したかたちでありながらも、彫刻作品のような自律した美しさを宿しています。
とりわけ前世紀の優れた建築家やデザイナーが手がけた椅子は、時代を超える名作として浸透し、近年ますます関心が高まっています。
本展で紹介するポール・ケアホルム(1929~1980)は、20世紀デンマークを代表する家具デザイナーです。
ミッドセンチュリーの北欧家具といえば、温もりのある木調のデザインを思い浮かべるかもしれません。
しかしケアホルムの特徴は、当時では珍しく、石や金属などの硬質な素材を取り合わせた厳格なデザインにあります。
それでいて各々の家具は決して冷たい印象を与えず、置かれる空間に心地よい緊張感をもたらします。
古びることのない、ミニマルで清潔な造形に凝縮されたケアホルムの仕事は日本の建築ともよく響き合い、国内の愛好家の間でも根強く支持され続けています。
本展は、長年にわたり椅子研究と収集を続けてきた織田憲嗣氏(東海大学名誉教授)のコレクションを中心に、ケアホルムの主要作品を網羅した、日本の美術館では初めての展覧会となります。
織田コレクションを有する北海道東川町の協力のもと、家具約50点と関連資料を紹介するとともに、ケアホルムのデザイン哲学と洗練された家具の造形美を、気鋭の建築家・田根剛氏(ATTA)の会場構成によりお楽しみいただきます。
展覧会の見どころ
20世紀デンマークを生きた異才のデザイナー、
日本の美術館で初めての本格的な展覧会
ポール・ケアホルムは1950年代から70年代にかけて活動したデンマークの家具デザイナーです。
51歳で亡くなるまでの約30年間に生み出した家具デザインは、素材の特性をいかしたミニマリズムを極め、洗練された不朽の名作として、特に建築やデザインの分野で高く評価されてきました。
日本国内でも北欧デザインに対する多様な視線が注がれる中、本展は国内美術館でケアホルムを本格的に紹介する初の展覧会として、代表的作品が一堂に会する貴重な機会となります。
織田コレクションが語るケアホルムの魅力
本展は、北海道東川町が有する「織田コレクション」を中心に展示構成します。
「織田コレクション」は、椅子研究家の織田憲嗣氏が収集した、北欧を中心とする20世紀デザインの家具や日用品、関連資料などがベースです。
系統立てて形成された、資料性の高い国内有数のデザインコレクションとして知られています。
今回の展示では、収集と研究とともに、日常生活で実際に名作家具を使用する織田氏の、使い手ならではの視点で抽出されたケアホルムの魅力を味わっていただきます。
現代のクリエイティブによるユニークな鑑賞空間
パリを拠点に世界的に活躍する建築家、田根剛氏(ATTA)と協働して会場を構成します。
展示では作品一つ一つの構造やディテールに焦点を当てるとともに、収集家である織田氏の視線を通して浮かび上がるケアホルムデザインの美に迫ります。
織田氏が語り伝える言葉や、グラフィックデザイナー・イラストレーターとしての一面も持つ氏が描いたケアホルム家具のイラストなどもあわせて紹介し、来場者のケアホルム体験が深められるよう趣向を凝らします。
会場では、実際にケアホルムデザインの椅子に座ってご体験いただけるコーナーもご用意します。
Ⅰ. ORIGINS 木工と工業デザインの出会い
はじめに、ポール・ケアホルムの人物と、デザイナーとしての背景を紹介します。
ケアホルムは木工家具製作のマイスターの資格を取得することから出発しましたが、コペンハーゲン美術工芸学校でインダストリアルデザインを学び、当時の工業材料にも関心を持ちます。
その過程で、スチールを用いた、後の代表作につながるプロトタイプを生み出しました。
家具職人として木材の材質美を体得していたことは異素材を主体としてからも息づき、また後に手がけることとなるミリ単位で計算された厳格なデザインは、構成要素を最小とすることで構造の豊かさを体現したミニマリズムを極めてゆくこととなります。
ここでは、主に年譜や写真などの資料展示により、ケアホルムの主要な足跡や20世紀デンマークデザインの系譜における位置づけを概説します。
ポール・ケアホルム
《エレメントチェア(PK 25)》 1951年
スチール、フラッグハリアード 織田コレクション/北海道東川町蔵 撮影:大塚友記憲
1948年、家具製作修業を終えたケアホルムは、デンマーク北部のヒョーリングから首都に移り、コペンハーゲン美術工芸学校で工業デザインを学びます。1951年、当時教鞭を執っていたハンス・J・ウェグナーが出した課題により、ケアホルムはデンマークの建築家ハルドー・グンロクソン(Halldor Gunnløgsson)の自邸の家具デザインを提案します。そのひとつに描かれたラウンジチェアが後に卒業制作へと発展し、家具デザイナーとしての最初の作品である本作品に結実しました。接着や接合を用いずに一体のスチールを折り曲げることで、簡潔な曲線を基調とした骨組みを作り上げ、フラッグハリアード(ヨットの旗を張るための頑丈なロープ)で組成された座面と背面は、心地よい緊張感を体現しています。
Ⅱ. DESIGNS: 1951-1980 家具の建築家
本展のメインとなる本章では、ポール・ケアホルムがデザインを手がけた椅子や家具など代表的作品約50点を厳選して展覧します。
ケアホルムがデンマーク家具の正統を受け継ぎつつも、いかに素材の選定や構造のディテールづくりに挑戦し、またどのように建築空間との関係を意識しながら、今日にも通ずる革新的な家具をデザインしたのかを見つめます。
ポール・ケアホルム
《PK 0》 1952年
成型合板(塗装)織田コレクション/北海道東川町蔵撮影:大塚友記憲
二つの合板を座部の裏面で接合した構造で、合板の素材上の制約をデザインにいかした、彫刻のような佇まいの椅子です。単一の素材から三つ脚の椅子を製作することを試みた意欲作でしたが、当時の技術や量産の難しさからケアホルムの生前には製品化されませんでした。1997年、フリッツ・ハンセン社創立125周年を記念し、本作品は妻で建築家のハンナ・ケアホルム(HanneKjærholm)の命名で《PK 0》と称して限定復刻されました。その600体のうちの一つです。
Ⅲ. EXPERIENCES 愛され続ける名作
最終章では、ポール・ケアホルムがデザインした家具の図面や関連写真などの資料を一堂に紹介します。
ケアホルムが現代生活や日本建築においてどのように受容されてきたのを示す写真資料や書籍などを展示するほか、デザインを基軸とした北海道東川町の取り組みや、椅子研究家・織田憲嗣氏による椅子のグラフィック画を展示し、ケアホルムを多角的に体験していただく場を創り出します。
ポール・ケアホルム
《PK 9》 1960年
スチール、革 個人蔵 撮影:大塚友記憲
三つ脚の椅子はデンマーク椅子にみられる伝統ですが、本作品は緊張感のあるカーブを描いたソリッドな三つ脚のダイニングチェアで、今日まで生産が続くケアホルムの最高傑作の一つとされています。
スチールと座面を接合する六角ボルトがアクセントとなり、凛とした佇まいをもって構造のしさをみせています。
世界各地の椅子約1400脚をはじめ、椅子研究家の織田憲嗣氏が長年かけて収集、研究してきた、20世紀デザインの家具と日用品群で構成されています。
北欧を中心とした椅子、テーブル、照明、食器、カトラリー、木製のおもちゃ、関連資料など多岐にわたって系統立てて収集されており、近代デザイン史の変遷を俯瞰できる学術的にも極めて貴重な資料とされています。
2017年、北海道東川町によりコレクションが公有化されました。
ポール・ケアホルム展
展覧会名
織田コレクション 北欧モダンデザインの名匠
ポール・ケアホルム展 時代を超えたミニマリズム
会期
2024年6月29日(土)― 9月16日(月・祝)
休館日
水曜日(ただし9月11日(水)は開館)、8月13日(火)~16日(金)
開館時間
午前10時~午後6時まで(入館は午後5時30分まで)
※7月5日(金)、8月2日(金)、9月6日(金)、13日(金)、14日(土)は夜間開館を実施。
(午後8時まで開館/入館は午後7時30分まで)
入館料
一般:1,200円 / 65歳以上:1,100円 / 大学生・高校生:700円 / 中学生以下: 無料
※障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料でご入館いただけます。