テオドール・キッテルセン《トロルのシラミ取りをする姫》
1900年、ノルウェー国立美術館 Photo: Nasjonalmuseet / Børre Høstland
本邦初、北欧の絵画にフォーカスした本格的な展覧会
ヨーロッパの北部をおおまかに表す北欧という区分は、一般的にノルウェー、スウエーデン、フィンランド、デンマーク、アイスランドの5か国を含みます。このうち最初に挙げた3か国はヨーロッパ大陸と地続きにありながらも、北方の気候風士のもとで独特の文化を育みました。
本展覧会は、この3か国に焦点を定め、ノルウェー国立美術館、スウェーデン国立美術館、フィンランド国立アテネウム美術館という3つの国立美術館のご協力を得て、各館の貴重なコレクションから選び抜かれた約70点の作品を展覧いたします。
神秘の源泉 ─北欧美術の形成
19世紀、ナショナリズムの高まりを背景に、イタリアやドイツ、フランスの芸術動向に長い間追従してきた北欧諸国において、独自の芸術を探求する潮流が生まれた。故郷に特有の主題を求めた画家たちは、北欧の自然、北欧神話や民話に注目した。19世紀前半のロマン主義の影響から、北欧の地理的特徴を示すとともに、鑑賞者個人の記憶を呼び起こし、想像力を喚起する一連の風景画が生まれた。また古くから語り継がれる北欧神話、そして芸術とは縁遠い庶民にもなじみ深い民話を描いた絵画が多く制作され、当時の印刷・複製技術の発展とあいまって広く浸透した。
アウグスト・マルムストゥルム《踊る妖精たち》
1866年、油彩・カンヴァス、90×149cm、スウェーデン国立美術館
Photo: Cecilia Heisser / Nationalmuseum
アウグスト・マルムストゥルム(1829-1901)は、ヨーロッパ諸国でナショナリズムが高まった19世紀に活躍したスウェーデンの画家。この時期、各国特有の主題を描くことが重視されたことから、北欧神話や民間伝承への関心が高まり、絵画のモチーフとして民話に登場する精霊や怪物、妖精が取り上げられた。本作では月明かりの下、霧に煙る湖の上で妖精たちが手を取り合って踊り、その姿が湖面に映る幻想的な光景が展開されている。
自然の力
19世紀後半、ヨーロッパで興隆した象徴主義は、北欧の絵画にもいち早く浸透した。その背景にあった急速な工業化と都市開発は、やがて原始の状態への回帰、あるいは自然との調和という理想を人々の胸に呼び起こした。この自然への関心の高まりと並行して、北欧独自の絵画を探求する画家たちは、母国の地理的、気象的特徴に注目した。雄大な山岳や森、湖といった自然風景、そして北方の地に特徴的な現象である夏季の白夜、太陽が昇らない冬の極夜、そしてオーロラが多くの作品の題材となった。四季に応じた自然の変化は魅力的な主題となったが、特に冬の光景は北欧を特徴づけるものとして好んで取り上げられた。
ヴァイノ・ブロムステット《冬の日》
1896年、油彩・木製パネル、26.5×52cm、フィンランド国立アテネウム美術館
Photo: Finlands Nationalgalleri / Hannu Pakarinen
ヴァイノ・ブロムステット(1871-1947)はフィンランドの画家で、挿絵やテキスタイルのデザインなども手がけた。ペッカ・ハロネンとともにパリに渡り、アカデミー・ジュリアンで学ぶ。のちにゴーギャンに師事し、象徴主義や日本美術の影響を受けた。19世紀後半に北欧諸国でナショナリズムが高まったのを背景として、フィンランド帰国後には、本作のように母国を特徴づける冬の自然風景を描いた。
魔力の宿る森 ─北欧美術における英雄と妖精
19世紀のヨーロッパでは国家的、民族的アイデンティティへの関心が高まる中、各地で急速に失われていく土着の伝統文化が着目されるようになった。北欧の芸術家たちは、国際的な芸術的動向に目を向けると同時に、母国の文化的伝統に強い関心を抱き、土地に伝わる民話や伝承から着想を得た。北欧の民話やおとぎ話は、北欧神話、およびフィンランドの民族叙事詩『カレワラ』として知られる一連の物語から大きな影響を受けている。これらの物語の多くが舞台とするのは深い森であり、そこは魔法や呪いが効力をもち、人や動物ではない存在が住まう場所である。未知の冒険や神秘体験へと誘う神話やおとぎ話の世界は、北欧絵画を特徴づける主題となった。
テオドール・キッテルセン《アスケラッドと黄金の鳥》
1900年、油彩・カンヴァス、46×69cm、ノルウェー国立美術館
Photo: Nasjonalmuseet / Børre Høstland
19世紀半ば、少年時代からの友人であるペーテル・クリステン・アスビョーンセンとヨルゲン・モーは、ノルウェー各地に語り継がれた伝承、伝説を蒐集し、民話集を刊行した。キッテルセンは彼らによる『ノルウェー民話集』など、北欧の民話やおとぎ話を題材とする絵画や挿絵を多く手がけた。アスケラッドは「灰をいじる少年」という意味で、ノルウェー民話の多くに登場する主人公の呼び名。兄弟たちが見くびる末っ子アスケラッドだが、困難を乗り越え、ついには姫と結婚する。
都市 ─現実世界を描く
19世紀における都市の発展は、人々の生活様式を大きく変化させただけではなく、諸芸術へも影響を及ぼした。かつて神話や歴史上の一幕が重要な主題と見なされた絵画の分野においても、街の景観や都市生活が新たな主題として登場し、同時代の現実が芸術の中へと引き込まれた。北欧らしい薄闇の中にある近代都市の神秘的な光景は、画家たちの想像力をかき立てた。工場や整備された街路を臨む都市風景、そして近代化の波を待つ郊外の風景が取り上げられた。また、画家たちは日常生活に親しみをこめたまなざしを投げかける一方で、都市開発の陰で増大する貧困や病といった負の側面にも目を向け、最下層の人々の生活を迫真的に描いた。
エウシェン王子《工場、ヴァルデマッシュウッデからサルトシュークヴァーン製粉工場の眺め》
油彩・カンヴァス、90×100cm、スウェーデン国立美術館
Photo: Erik Cornelius / Nationalmuseum
エウシェン王子(1865-1947)は、1887年から1889年にかけてパリへ留学し、スウェーデンのロマン主義を代表する風景画家となった。本作で描かれているのは、1905年に移り住んだ地から、旧都の古い工場を望む光景。ストックホルム中心部にほど近い位置にありつつ、田園地帯が残る地域で、写実性よりも個人の感覚の表現を追求した。また、このように人工の光に包まれた夜景は、世紀転換期のスウェーデンで繰り返し描かれたモチーフである。
開催概要
展覧会名 | 北欧の神秘 ―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画 The Magic North: Art from Norway, Sweden and Finland |
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会期 | 2024年3月23日(土)─6月9日(日) |
会場 | SOMPO美術館 〒160-8338 東京都新宿区西新宿1-26-1 |
休館日 | 月曜日(ただし4月29日、5月6日は開館 振替休館なし) |
開館時間 | 10:00-18:00(金曜日は20:00まで) ※最終入場は閉館30分前まで |
高校生以下無料 ( )内は事前購入券